はせたく家

はせたく家は「はせたく」「コマディー」と現在お腹の中に いる「がきんちょ(男かも)」3人家族の生活をのんびりと 書き綴ったブログでございます。
(ほとんどはせたく日記だけどね。。)
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コマディーズジャーニー こま日記
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2006年06月18日

半年ぶりに髪を切った


みなさんご存知の通り、だいぶハゲちゃってるので髪切る側も大変だろうと思い、今回は具体的にイメージを伝えることにした。

そこでおれが持ち出したモデルはこの二人。

「ちょい前のあおさん」と「トム・ヨーク」

二人とも髪の量やでこの出具合いなど、ハンデを背負いながらなかなか素敵カットなので適任かと。
そしてさらに今回は、4年半ぶりに黒髪に戻ることに。


いやー、髪質、頭や顔の形、なにより年齢や国籍を越えたフィーチャリングにはやはり無理がありましたか。。
まいったねこれ。
無駄にすげーイメチェン。

投稿者 hasetaku_mobile : 13:35 | コメント (2) | トラックバック

2006年06月06日

色々1年経ちました

最高に良い出来事からも、信じられないくらい残念な出来事からも、1年経った。

この10日間をだらだらと長い文章で振り返る。


5月27日 土曜日。
寝不足やら気持ちのコントロール不足やらで朝から体調が悪い。
土日、外せないイベントが目白押しだから「風邪を引いたらまずい」という気持ちが余計だったのかもしれない。
この日は弟の一周忌。親戚だけで寺に集まってお経をあげてもらうことになっていた。
日ごろなんとかふんばっても、こういう節目の行事はやっぱりきつい。きっと他のメンバーも少なからずそう感じていたはずだった。

しかし。

救世主現る。

お経を聞きながらしんみりするべきところに、ひとりテンションをどんどん上げるファンタジスタがいた。
赤いボールを投げては追いかけ、拾ってまた投げる。
声も出てきた。
自分の靴下を脱いでこれまた投げつける。追いかける拾う投げる。
お坊さんが「チーン」とやると「うぉあ!」と眼を丸くして叫び、お坊さんを指差す。
しまいには靴下をお焼香の台にセットし、お坊さんのほうに近づこうとしていた。

そう、わが息子。

お坊さんは相当むかついただろうけど、我々はクスクスと笑いを抑えることができなかった。
おかげで全くしんみりするヒマがなかった。
ありがとう、あおさん。
弟もきっと笑ってたに違いない。


5月28日 日曜日。
会社でバンドをやっている人たちで集まり、ライブイベントをやった。
朝から体調は最悪。
びびって急遽直前におこなった練習にも遅刻して、栄養ドリンクと風邪薬を調合したものを流し込み本番へ。
前日のイベントとのギャップが激しすぎたせいか、もろもろの安心感か、自分のライブが終わったあとにテンションが急上昇し、前日の息子を上回るご機嫌おじさんとなって、ご満悦で帰宅。

心配かけたりわがまま聞いてくれるひじきのメンバーに感謝。
対バンのみなさんにもちろん感謝。
駆けつけてくれたシマ★パンおーけん。間に合わなかったけど他のシマ★パン野郎ども。感謝。
「子どものお遊戯会を見に行く気分」と心配して見に来てくれた会社の仲間に感謝。
おいしいラーメンをごちそうしてくれたサエキング様に感謝。


5月30日 火曜日。
あおさん1歳の誕生日。
「牛乳デビューを牧場でさせたい」という思いから、千葉のマザー牧場に行った。
幸い天気も良くなり、ブタや羊、ヤギやら牧用犬などなどとたわむれ、夕方までどっぷり遊んで最後に牛乳を飲ませた。

そこでコマディーが暴露。

「実は昨日あおさんがどうしてもってわがまま言うから、牛乳飲ませちゃった」

・・・
・・・へぇ・・・

1年間立派に育ったあおさん、育ててくれたコマディーに感謝。
祝ってくれたじじばばに感謝。


6月6日 火曜日。
弟が亡くなってからちょうど1年。
いろんな思いがあって、こればっかりは文章では表現しきれない。

おれのかーちゃんがさっき献杯のときに笑顔で言った。
「ほんとうによく1年まともな気持ちで生きてこれたね。がんばったね。」

おっしゃるとおりだ。
自分はもちろんだけど、1年前のあの日、少なくとももうかーちゃんは一生まともにはなれないだろうと、笑わないんだろうと思った。
弟の学ランをはおったまま、狂ったように泣いていた。

でも今日、不安な気持ちで地元に帰ると、駅までかーちゃんと妹と甥っ子が笑顔で迎えにきてくれて、そのあと普通にそば屋で昼飯を食べて、「あの子が待ってるから早く家に帰ろう」と4人で実家に帰った。

普通に笑うし、普通にいなくなった弟のことを思い出す会話が出てくるし、普通にあおさんや甥っ子の成長ばなしが繰り広げられ、普通に買ったばかりのNintendoDSで遊んだり、普通にビールも飲んだ。

「二人とも幸せに結婚して、子どもが産まれてよかったー もう安心。」

と、かーちゃんは言う。

正直あおさんと甥っ子(みなぞー)が支えになって1年ふんばれた。これは間違いない。

おれは実家に着いても正直不安だった。
いつ全員のマイナス波長がシンクロして、一気に暗い雰囲気が訪れるのかと。
テンションの高い人の波になんとか乗っかって今日一日を過ごさなければならないんじゃないかと。

でもこれまた助けてくれた人たちがいた。

夜までに、弟の友達がわんさかわんさかやってきた。20人はかるく超えてたと思う。
今日が命日ということは特に伝えてない。みんな覚えてたらしい。
それぞれいろんな思い出話をしたり、最近の学校での話とか他愛もない友達通しの話をして帰っていった。
みんな高校3年生。それぞれの進路の話なんかもしてた。
おとなしそうな子もいれば、おもしろい子もいたり、縦にでかかったり横にでかかったり、ヒゲ生えてたり茶髪だったり金髪メッシュ入ってたり。
幼稚園・小学校から一緒に育ったとか、中学からだとか高校からだとか、とにかく色んな子が来てくれた。
かーちゃんととーちゃんは嬉しそうに彼らと話をしていたし、おれはだまって聞いてただけだったけど、なんか安心した。

おかげでドンゾコの暗い気持ちにはなりませんでした。感謝。

本当は少なくとも弟のことについては、最終的に決して前向きな気持ちにはなり得ないし、前向きな文章なんて書けっこないと思っていた。今も本気でどっぷりそのことだけを書き続けたら間違いなく明るい落としどころにはならない。

高校2年のときにばーちゃんが死んで、そのとき半べそかきながら書いた作文が校内の文集に選ばれた。先輩である桑田佳祐も過去に作品を載せた伝統ある文集だ。(たいした自慢にはならない)
そのときは作文のしめくくりを強引に、

「これからは残ったじーちゃんに孝行してがんばって生きていきます」

みたいな前向きさを見せることができたが、やっぱり順番というのは大切で、自分より先にいなくなるべきじゃない人間がいなくなったとき、そしてしかも少なからず後悔が残るとき、そもそもしめくくることもできないし、ましてや前向きなしめくくりはどこか無理や嘘がある。

でも、この10日間くらいで素直に思えたこと、それはやっぱり周りの人への感謝。

弟のことについては、はせたく家、はせたく実家、はせたく血族という閉じた世界では100%前向きな気持ちにはなれないけど、それを囲んでくれている色んな人たちとの関係には本当に感謝するとともに、どうかどうかこれからもよろしくお願いしますと言いたい。

そしてなによりだれより、ときに影から、ときにあからさまにおれを支えてくれているコマディー、あおさんのツートップには激しくありがとうを言いたいと思った。
あおさんが産まれて最高に幸せなはずの時期に、色んなことが重なってしまって、とても複雑な思いをさせてしまっている。
これからもその複雑な思いは消えないかもしれない。

だけどおれにとって今、いろんなものを削り取っていくと最小単位は「はせたく家」であって、実家でもなければ会社でもなく、はせたく・コマディー・あおさんのセットが最小単位。
便秘かホルモンバランス不調かと思ってコマディーが病院に行ったらあおさんが発見されたあの日、はじめて腹の中で動いたクリスマス、男だって分かった日、あおさんという名前を思いついた日、そしてあおさんが出てきた2005年5月30日のことははっきり覚えているし、この上なく嬉しかった。
さっき書いた複雑な思いにも上書きされるわけないもんね。絶対大丈夫。

ということで取り急ぎ言わせてください。

「みなさん本当にいつもありがとう。」

投稿者 hasetaku : 23:09 | コメント (21) | トラックバック